ペットショップに行きましょう。

唐突にアレンはそう言った。
起き上がってまず、おはようのあいさつも、いつもみたいに寝呆けた様子で、んー・・・、と呟いたわけでもなく、寝起き一番に、はっきりと、ラビを真正面から見据えてそう述べた。
お気に入りのクロワッサンにお気に入りのブルーベリージャムを塗っていたラビの手がぴたりと止まる。
何もアレンが唐突なのは今に始まったわけではないのだが、これにはさすがのラビも思わず動きを止めてしまったわけで。

「・・・別に構わないけど、お前動物嫌いなんじゃなかったっけ?」
「大嫌いです。」

なら何故行く。

「今すぐ行きましょう。」

彼はそう言う。
面倒くさそうな、緩慢な動きでラビは体ごとアレンの方へと向き直った。

「はぁ。何、ペット欲しくなったん?」
「僕がそんなもの欲しがるとでも?」
「・・・・思わないけどさ、だったら何しに行くんさ?嫌いなんだから見てたって楽しくないだろ?」
「破壊しに行くんです。」

ラビのイノセンスで行ける範囲全て。

アレンは一字一句を強調するかのようにゆっくりと言った。笑うわけでもなくただ淡々と。
もちろんラビには一つ返事でじゃぁ行こうかなんて言えるはずもない。
しかし残念ながら銀髪の下から透けるように見える銀灰色の瞳は誰がみても真剣そのものだった。

「あー・・・何、何だって?」
「だから、ペットショップを破壊しに行きましょう、って言ったんですよ。人に質問しておいて聞いてなかったんですか最低ですね。」
「俺が最低ならアレンは最低中の最低さね。っつかそーゆー犯罪擬いのものは一人でやって。罪のない俺を巻き込まないでください。」

中断していた食事をまたもそもそと再開した。
なんだかわけのわからないことを羅列される前にこちらから切り捨ててしまうという作戦である。
ふと、窓の外に目を向けた。うららかな春の朝、さえずる小鳥、どこからともなく香ってくる、花々の香。雲一つない青空が目の前いっぱいに広がって、どこか幻想的な感じがした。やわらかい藤色の花びらが風にゆらゆらとその身をまかせて舞を披露している。

さぁ、今日どこへ出掛けようか。

「ラビに拒否権はありません、ついてきてもらいます。」

がくん、と視界が90度、時計回り。アレンがラビの髪を掴んでいた。
現実逃避は許されなかった。

「人がせっかく春満喫しようとしてんのに何さ!!」
「春ならペットショップに行くまでに十分満喫することができますよ。しかも上から!で、半径何メートル以内ならタダですか?」
「アレン、俺を便利屋かなんかだと思ってねぇ!?俺の鎚はAKUMA倒すためのイノセンスなの!汽車みたいな移動手段じゃありません!」

机を両手で、できうる限りの力でラビは叩いた。
そんなラビをよそに当のアレンはどこ吹く風、帰りにちょっと寄りたい所があるんですけどいいですか?などとぬかす。ラビはバンダナを投げ付けた。ごみ箱に捨てられた。

「ぎゃー!なんてことすんのー!」
「バンダナは人に投げるものではありませんよ。」
「それ全然理由になってねぇし!」

とにかく!
半泣き状態で何かを叫ぶラビの前にアレンは、びっ、と指を立てる。
ぉわっ!ラビの悲鳴はもちろん軽くスルーされ、アレンはさらに詰め寄った。

「つべこべ言わずに連れていけっつってんですよ。」
「嫌だっつってんだろ!破壊とかそれありえないから犯罪だから!!別にアレン乗せて行くのが嫌なんじゃなくて犯罪を助長するのが嫌なだけで!せめてもうちょい可愛い理由にしろよ!」
「やだなぁ、ラビ、まさかほんとにそんな理由だと思ってたんですか?僕ウサギさんに会いたいだけです。」
「そうなんか・・・って嘘つけー!!!!」

いっそ清々しいまでの笑顔で矛盾したことを言い放つアレン・ウォーカー15才。ラビはその潔さに免じて危うく頷いてしまうところだった。
がっくりとうなだれた頭をがばりとラビは持ち上げた。目の前に見える白い少年はにこにこと神々しい笑顔を浮かべている。

いっそ泣いてしまいたい。

ラビは心からそう思った。
いつもはうっとおしいと思う神田ユウの存在がとても便利だったのだと初めて気が付いた。アレンが突拍子がないことを言いだした時につっけんどんとした態度でアレンの逆鱗に触れ、喧嘩をしている間にすっかりそのことを忘れさせてしまうのだ。
ラビは意気込んで椅子から立ち上がった。

「ラビ?連れてってくれるんですか?」
「ん?待ってちょっと電話していい?」

ピポパ、ゴーレムを使って教団へ連絡をした。

「コムイ〜?ユウ出してく「何してんですか。」

切られた。

「神田を呼び出そうとかそんなこと考えてませんよね?せっかく二人で任務なのに、あれを呼ぶとか、そんなことしないですよね?」

いや、俺はお前のなんなのよ。

どす黒いオーラを背中に感じながらラビは振り返らずなアレンを宥められる方法を探していた。上手く働かない脳をなんとかフル稼働させる。何か、何か良い案を考えなければ、自分の身が危ない。

「〜〜っそもそもっ!お前はなんでそんなことしたいわけ!?わかる!?犯罪だぞ犯罪!!」

「人間って何様なんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いやね、お前ね、お願いだから質問に答えて欲しいんですけどね?」
「質問してるのはこっちです、質問で返さないでください。」

あきらかに最初に質問したのはこっちなんですけど、と言いたい所だが、ラビはなんとかその言葉を飲み込んだ。ここでそんなことを言おうものならイノセンスを発動した左腕で殴られかねない。アレンのラビに対する扱いなんてそんなものだ。ラビはそれをよく心得ていた。

「・・・人間なんて、ただの動物の一種だろ。」
「ですよね?じゃぁそのただの動物がどうして動物を売るんですか?アホですか?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「自分たちのこと何様だと思ってんですかね、ほんと、ほんと愚かですよ、でも何が嫌ってその愚かな動物の中に僕も組み込まれてることです殴り飛ばしたいですね世界中の人間を。」

憎悪だった。
明白すぎるほどはっきりとした憎悪だった。

「愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か。愚かすぎます。やること全てが愚かです。どうして、どうして、なんでこんなにも愚かなことするんですか、だってそうだ、なんでなんでなんでなんでだから僕も、」
「アレン。」

紡ぎだされる言葉を憎悪と呼ばないのなら何と呼べばいいのだろう。
遮るように顔を覗き込めば今にも泣き出しそうに彼の瞳は揺れていた。
ラビの口から出たのはアレンには気付かれることのないであろう小さなため息。アレンが泣きそうになる理由が思い当たり、自分にはどうすることもできないことを悔やむため息だった。

「やっぱお前は優しいな。」

くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でたら足を踏まれた。

「・・・馬鹿。」

2文字の言葉を吐き出したのは果たしてどちらの少年か。




少年たちは任務の帰りだった。

たくさんのAKUMAを破壊した。

白い少年には内蔵されたAKUMAの魂が見えていた。

内蔵されたAKUMAの魂は人間が愚かな行動をした結果に生み出されたものだった。



白い少年には内蔵されたAKUMAの魂が見えていた。






ゆきがついたうそ






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